札幌地方裁判所室蘭支部 平成元年(ワ)229号 判決 1995年3月27日
原告
脇山勉
同
清野邦雄
同
三富祐三
同
田仲春男
同
星野基
同
亀倉義明
同
村上勝之
同
戸子台剛
同
中尾秋義
同
小林白光
同
鈴木章
同
寺嶋昇
同
佐藤重晴
同
伊藤廣文
同
菅原敏則
同
上森一司
同
菅原春美
同
一條千春
同
佐藤さつき
同
大西真美
同
高橋恵
同
辰はるみ
同
辻博子
右二三名訴訟代理人弁護士
三津橋彬
同
佐藤太勝
同
佐藤哲之
同
長野順一
同
佐藤博文
同
今重一
同
今瞭美
同
前田健三
被告
伊達信用金庫
右代表者代表理事
島本清志
右訴訟代理人弁護士
岩谷武夫
同
安西愈
同
井上克樹
同
外井浩志
同
込田晶代
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
被告は、原告らに対し、別紙請求金額一覧表中の各原告の総合計欄記載の金員及び同表の各月欄記載の内金に対する別表「給与の支給日一覧」の該当する月の支給日の翌日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、被告の従業員である原告らが、二度にわたる被告の就業規則の変更には手続上の違法があるばかりか、右変更は、労働者に不利益な労働条件を課すものであるにもかかわらず、原告らの同意を得ておらず、その内容にも合理性がないから、いずれの就業規則変更も無効であると主張して、両変更以前の就業規則に基づいて算出した時間外勤務手当(以下、単に「時間外手当」という。)と現に支払われた時間外手当との差額の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 被告は、信用金庫法に基づき設立され、北海道伊達市に本店を置くとともに伊達市及びその近郊に一三店舗を有する信用金庫である(以下、便宜、被告のことを「被告金庫」ということがある。)。
(二) 原告らは、いずれも被告の従業員で、かつ、被告の従業員で組織する労働組合「伊達信用金庫従業員組合」(以下、単に「組合」という。)の組合員である。なお、被告金庫には、組合のほかに「清風会」という労働組合もある。
2 就業規則の変遷経過及びその内容
(一) 被告の就業規則は、昭和二五年一二月一日の制定以来数次にわたり改定されたが、昭和六二年九月三〇日当時は、休日及び勤務時間について次のように定めていた(以下、この就業規則を「旧々就業規則」という。)。
(休日)(1)日曜日
(2)国民の祝日
(3)祝日が日曜日と重なった場合は翌日
(4)年始三日(元旦を含む)
(5)その他金庫が特に指定する日
(勤務時間)(1)平日 午前八時五〇分から午後四時五〇分まで
(2)土曜日 午前八時五〇分から午後二時まで
(3)休憩時間 午前一一時三〇分から午後一時三〇分までの間に交替で六〇分
(二) 被告は、昭和六二年一〇月一日、休日及び勤務時間についての旧々就業規則の規定を次のとおり変更し、同日これを施行した(以下、この変更を「昭和六二年変更」といい、これにより成立した就業規則を「旧就業規則」という。)。
(休日)(1)日曜日
(2)国民の祝日
(3)祝日が日曜日と重なった場合は翌日
(4)第二及び第三土曜日
(5)年始三日(元旦を含む)
(勤務時間)(1)平日 午前八時五〇分から午後五時まで
(2)土曜日 午前八時五〇分から午後二時まで
(3)休憩時間 午前一一時三〇分から午後一時三〇分までの間に交替で六〇分
(三) 被告は、平成元年二月一日、休日及び勤務時間についての旧就業規則の規定を次のとおり変更し、また、次のとおりの内容の指定勤務日制及び一か月単位の変形就業時間制に関する規定を新設して、同日これを施行した(以下、この変更等を「平成元年変更」といい、これにより成立した就業規則を「新就業規則」という。)。
(休日)(1)日曜日
(2)土曜日
(3)国民の祝日に関する法律で定める日
(4)一月二日、三日
(なお、以下、(3)、(4)の日を併せて「祝日等」という。)
(勤務時間)(1)午前八時四〇分から午後五時まで
(2)休憩時間 午前一一時三〇分から午後一時三〇分までの間に交替で六〇分
(指定勤務日)
被告金庫は、職員の一部又は全部について、前記休日と定められた日に就業日として勤務を命じることがあり、この日を指定勤務日という(以下、この制度を「指定勤務日制」という。)。
なお、指定勤務日の回数は年六回以内とし、その勤務者の氏名は前月の二五日までに行う。
(一か月単位の変形就業時間制)
被告金庫は、特定の月において、一か月を平均して一週三六時間四〇分の範囲において、特定の日に八時間、特定の週に四六時間を超えて就業する一か月単位の変形就業時間制(以下、便宜、「一か月単位変形制」、「変形制」ということがある。)の勤務を命じることがある。その勤務パターンは次のとおりとする。
A勤務 午前八時四〇分から午後五時まで
B勤務 午前八時四〇分から午後四時三〇分まで
D勤務 午前八時四〇分から午後六時まで
E勤務 午前八時四〇分から午後七時まで
Z勤務 零時間勤務
(休憩時間は午前一一時三〇分から午後一時三〇分までの間に交替で六〇分)
なお、各人の勤務の割り振りは、前月の一週間前までに労働者に提示される。
3 本件各就業規則変更の社会的背景
我が国の長時間労働に対し国の内外からの批判が強まった昭和五〇年代半ば、政府・労働省は、労働時間短縮の問題に国として本格的に取り組むようになった。
政府・労働省は、労働時間の実効的短縮を図るために、まず全産業の基幹である金融機関について漸次週休二日制の定着を進めることとした。昭和五六年六月、旧銀行法に代わり現行銀行法が制定され、その中で、同法一五条一項は銀行の休日について日曜日のほかは政令に委ねることとし、週休二日制実施に向けての弾力的進展を期することとなった(なお、同条項は信用金庫法により、信用金庫にも準用される。)。これを受けて制定された銀行法施行令の順次改正により、昭和五八年八月から第二土曜日が金融機関の休日となり、続いて、昭和六一年八月一三日から第二土曜日に加えて第三土曜日が金融機関の休日となり、平成元年二一月一日からはすべての土曜日を金融機関の休日とする完全週休二日制が実施された(以下、便宜、土曜日を金融機関の休日とすることを「土休」と、第二土曜日を金融機関の休日とすることを「第二土休」と、第三土曜日を金融機関の休日とすることを「第三土休」と、第二、、第三土曜日を金融機関の休日とすることを「第二・第三土休」と略称することがある。また、以下において、単に「休日」という時は労働者の休日を意味するものとする。)。
4 昭和六二年、平成元年各変更に至る経緯
(一) 昭和六二年変更に至る経緯
(1) 昭和五八年八月の第二土休実施を控え、組合は、被告に対し、同年三月一四日付け「統一要求書」において、将来の完全週休二日制実施及び当面の第二土休実施の際は一切の労働時間の延長なしにこれを休日とすることを求めたが、被告は、同月二八日付け回答書で、完全週休二日制は被告金庫のみでは実施困難、第二土休による休日増の問題については検討中であり後日提示する旨回答した。
(2) 同年八月、第二土休が実施され、これに伴い被告金庫においても毎月第二土曜日が休日となった。
(3) 被告金庫は、第二土曜日の休日化に伴って、平日の終業時刻を一〇分繰り下げる措置(以下、便宜、単に「平日の終業時刻繰下げ」ということがある。)をとることを企図し、同年八月一八日、組合及び清風会に対し、同年九月一日付けで就業規則を変更する旨通知して両組合の意見を求めた。しかし、組合、清風会共に反対意見を表明したため、被告金庫は右改定を見送ることとし、その旨組合に伝えた。
(4) 昭和六一年八月の第三土休実施を控え、組合は、被告に対し、同年三月一七日付け「統一要求書」において、第三土休実施の際は労働時間の延長を一切しないこと、第二、第三土曜日に出勤の際には手当を支給すること等を求めたが、被告は、同年四月一〇日付け回答書で、労働時間の問題については後日改めて被告金庫から提起する旨回答した。
(5) 同年八月、第三土休が実施され、これに伴い被告金庫においても毎月第三土曜日が休日となった。
(6) 第二・第三土休実施後の昭和六二年三月二四日に至って、被告は、組合に対し、就業規則改定案を提示し、同年四月六日までにこれに対する意見書を提出するよう求め、同日行われた春闘要求に関する団交(以下、特に断らない限り、「団交」というときは、被告と組合との間のそれを意味することとする。)の席上で、組合の求めに応じ、就業規則改定の趣旨について説明し、同月九日、組合に対し、同月一四日までに意見書を提出するよう再度求めた。これに対し、組合は、同月二五日、就業規則改定に反対する旨の意見書を提出した。
(7) 被告の求めにより、同年五月二二日午後五時三〇分から九時まで団交が行われ、その際就業規則改定問題についての話合いもなされ、次いで、同年六月九日に行われた団交の際も、春闘要求問題と併せて右改定問題についての話合いがなされた。
(8) 同年八月一九日、被告は就業規則の変更を室蘭労働基準監督署(以下、「労基署」という。)長に届け出て受理された。
(9) 同年九月一八日午後六時から約二時間、被告は、組合・清風会両者に対し、就業規則改定に関する合同説明会を開催し、さらに、同月二四日には午後五時三〇分から七時までこの問題についての団交を行った。
(二) 平成元年変更に至る経緯
(1) 被告金庫は、昭和六二年五月、金融の自由化、国際化進展に伴う競争激化に対応するため、昭和六三年度を初年度とする三年間の中期事業計画「だてしんパワーアップ三ヵ年計画」の策定に着手し、昭和六三年二月、所属長を対象に計画項目の説明会を開催し、その席上、「労働基準法改正、完全週休二日制実施、顧客ニーズに即応する勤務体制と就業規則の見直し」等を目標として掲げた「だてしんパワーアップ三ヵ年計画書」を配布し、さらに、同年一〇月に開催した営業店長会議の席上で、「完全週休二日制実施にむけての就業管理体制の見直しについて」と題する文書を配布し、その中で、昭和六四年二月一日付けで就業規則の改定を行う旨及びその概要を示した上、同年一一月二九日に至って、組合に対し、就業規則及び関連規程についての改定案等を提示し、同年一二月二〇日までにこれに対する意見書を提出するよう求めた。
(2) 被告は、同月二日及び同月八日、組合に対し、就業規則改定問題についての説明会を開催し、その後、新就業規則の一部追加変更を決め、同月二〇日、組合にその旨通知した。
(3) 同月二二日、被告は組合に対し、同月二八日までに就業規則改定についての意見書を提出するよう再度求め、併せてこの問題について団交を行う用意のある旨伝えたが、同月二八日、組合は被告に対し、一二月中は業務多忙のため意見書提出及び団交実施は困難である旨述べてこれに応じなかったため、被告の求めにより、平成元年一月一〇日に至ってようやくこの問題についての団交が行われた。
(4) 同月二四日、組合は被告に対し、同日付け質問書を提出し、完全週休二日制実施の意義、第二・第三土休実施後の時間外手当支給額の増減、勤務時間延長・変形制が職員の生活に及ぼす影響の三点についての被告金庫の認識・考え方をただした。これに対して被告は、同日付けで、その回答書を組合に交付した。
(5) 同月二五日午後五時五〇分から七時四〇分まで就業規則の変更について再度団交が行われ、翌二六日、亀倉義明組合書記長(原告)からの非公式の申し入れにより、同日午後一時一〇分ころから二時過ぎころまでの間、同人及び小林白光組合委員長(原告)と被告金庫人事研修課長楽木恭一の三名の間で会談が持たれた。この席上、組合側は、局面の打開策として、①旧就業規則の平日の終業時刻繰下げによる時間延長分に相当する時間外手当を解決金として支給すること、②旧就業規則にある夏季・冬季休暇各三日間を新就業規則でも認めること、③組合の同意なしに一か月単位変形制を実施しないことを提示したが、楽木は、被告金庫が右の提案に応じることは難しいという意見を述べた。
(6) 同日午後七時ころから七時三〇分ころまで、被告の求めにより、三度団交が行われ、その中で被告は、組合に対し、夏季・冬季休暇各三日間については新就業規則でも認める意向を示した上、就業規則変更に同意するよう要請した。また、被告は、一か月単位変形制は、職場の実態、実情を勘案し、職員の事情を聴取して運用するとの意向を伝えた。
(7) 同月二七日、被告は就業規則変更を労基署長に届け出た。
(8) 組合と被告との間では、その後の同月三〇日と三一日にも、この問題に関する組合の申入書、これに対する被告の回答書、就業規則変更に反対する旨の組合の意見書が交わされた。
5 労働基準法(以下「労基法」という。)九〇条一項所定の意見を聴くべき者等
平成元年変更届出時において常時一〇人以上の従業員がいる被告金庫の事業場は、本店、伊達駅前支店、壮瞥支店、豊浦支店、洞爺湖温泉支店、虻田支店及び室蘭支店の七店舗で、労基法九〇条一項所定の意見を聴くべき者は、前五店舗については労働者の過半数を代表する者で、後二店舗については清風会の代表者であった。
平成元年変更の際、後二店舗について、右の者の意見が聴取された。
6 時間外手当の算出方法
被告金庫における時間外手当の算出は、基本給等からなる基準内給与から家族手当を控除した額に一〇〇〇分の8.1を乗じて得た額に時間外勤務の時間を乗じる方法で行われている。
7 所定時間内勤務に対する賃金の引上げ、引下げ措置の有無
被告金庫は、昭和六二年変更及び平成元年変更のいずれに際しても、あるいはこれらに前後しても、所定時間内勤務に対する賃金(基準内給与や家族手当等)を引き下げる措置も、逆にこれを引き上げる措置もとっていない。
8 金融業界の経営環境
近年の金融の自由化、国際化、機械化の進展により、信用金庫業界を含む金融業界の競争は激化しており、その経営環境は一般に厳しいものとなっている。
二 争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨
1 争点
昭和六二年及び平成元年の各就業規則の変更は、①その手続が労基法九〇条一項に違反し、無効であるか、②労働者にとっての一方的な不利益変更であり、かつ、変更に合理性がないので、無効であるか、また、その前提として、銀行法一五条一項にいう「銀行の休日」は銀行労働者(以下、単に「労働者」という。)の休日なのか。
2 争点に関する当事者双方の主張の要旨
(一) 昭和六二年及び平成元年両変更手続の違法に関する当事者双方の主張
(1) 原告らの主張
平成元年変更の労基署長届出に際し、被告金庫は、労基法九〇条一項所定の手続により、労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない五店舗(本店、伊達駅前支店、壮瞥支店、豊浦支店、洞爺湖温泉支店)について、その者の意見を聴取しなかった。
また、昭和六二年及び平成元年両変更に至る各過程において、被告金庫は、組合との間で、就業規則の変更について十分な協議・団交を行わず、従業員に実質的な意見聴取の機会を与えなかった。
よって、右各変更手続はいずれも労基法九〇条一項に違反し、無効である。
(2) 被告の主張
平成元年変更の労基署長届出に際し、被告金庫は、右各支店について、労働者の過半数を代表する者の意見を聴取した。
また、昭和六二年及び平成元年両変更に至る各過程において、被告金庫は、春闘のための団交の際など機会あるごとに繰り返し就業規則変更の必要性等の趣旨説明を行ってきたし、変更提案後は、組合に対し自ら申し入れて何度も団交を行い、その趣旨の説明や協議・交渉の機会を設けるなどして、原告らはじめ従業員に検討のための十分な時間的余裕を与えた上で、各事業所単位の意見を聴取した。
(二) 銀行法の趣旨、解釈等に関する当事者双方の主張
(1) 原告らの主張
新銀行法及び同法施行令制定後の一連の立法措置の目指すところが金融機関の労働時間短縮、完全週休二日制実施にあるのは周知のことであり、その趣旨からすると、銀行法一五条一項にいう「銀行の休日」は、同時に労働者の休日をも意味する、あるいは、銀行側はこれを直ちに労働者の休日とする措置を講じるべき法律上の義務を負うものと解するべきである。
仮にそうでなくても、旧銀行法以来、同法に定める銀行の休日が自動的に労働者の休日となる慣行が存在していたから、これにより当然に、あるいはこの慣行の存在が勤務時間に関する労働協約・就業規則の定めに対する「公序」をなすと解されることによって、銀行法の「休日」は、直ちに労働者の休日となる。
(2) 被告の主張
銀行法は銀行業務の規制を目的とする法律であるから、同法一五条一項に定める「銀行の休日」は銀行の窓口業務を行わない日を意味するにすぎず、それが直ちに労働者の休日となるものではない。
また、「銀行の休日」を直ちに労働者の休日とするとの労使慣行も存在しない。
(三) 旧就業規則変更の合理性に関する原告らの主張
(1) 第二・第三土休実施に伴う休日増の既得権的地位
第二・第三土休実施に伴い被告金庫でも第二、第三土曜日が休日とされることになったが、その際被告金庫は平日の勤務時間延長を伴う就業規則変更を提案して、組合等の反対によりこれを完全に撤回した。右の経過から、右休日増による利益は、それ自体、労働者の既得権として確定したものである。
(2) 平日の終業時刻繰下げが労働者にもたらす不利益
ア 総所定勤務時間の延長
銀行法施行令改正により、毎月第二、第三土曜日は当然に労働者の休日となったのであるから、昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げは、端的に所定勤務時間を延長するものと捉えるべきものである。
また、仮にそうでなくても、第二・第三土休実施に伴い被告金庫においても第二、第三土曜日が休日とされ、それは労働者の既得権となったのであるから、昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げにより被告の総所定勤務時間は大幅に延長されたことになる。
イ 所定時間内勤務に対する賃金の時間当たりの単価(以下、「時間単価」という。)の引下げ
被告金庫においては、平日の終業時刻繰下げにより所定勤務時間が延長されたにもかかわらず、これに併せて賃金引上げ等の措置は講じられていないから、時間単価は変更前より引き下げられたことになる。
右の不利益は、第二・第三土休実施に伴う休日増により被告金庫の平日の事務量が増大し、密度の点において労働強化がなされている実情の下では殊に著しい。
ウ 一日の所定勤務時間の延長(私生活への影響)
平日の終業時刻が一〇分繰り下げられたことにより一日の所定勤務時間が一〇分間延長されたことになるが、それはその分だけ、睡眠・休憩・余暇・食事・入浴・家族との団らん等のための時間が減ることを意味し、労働者の私生活に大きな不利益を及ぼす。
エ 時間外手当(残業手当)の減少
終業時刻は同時に時間外勤務の起算点でもあるから、平日の終業時刻繰下げにより、従来時間外勤務として数えられていた午後四時五〇分以降の勤務が、その繰下げ分だけ所定時間内勤務に振り替えられることになり、結果として時間外手当が減少する。被告金庫には「慢性的な残業の実態」が存在するため、時間外手当は実質的に労働者の生活給といってよいものとなっており、その減少は労働者にとって大きな不利益となる。
(3) 就業規則変更の必要性の欠如
信用金庫業界の厳しい経営環境にもかかわらず、被告金庫の経営状況は至って良好であるから、第二・第三土休実施に伴う日増に対応して、前記のような不利益を労働者にもたらす平日の終業時刻繰下げを行う経営上の必要はない。
(4) 昭和六二年変更に至る労使間交渉の経緯
昭和六二年変更に至る過程において、被告金庫には、この問題を組合と積極的に協議・交渉しようという姿勢が全くなく、団交等は形式的な変更趣旨説明と労基署長届出のための意見書提出を求めるだけに終始する極めて不誠実なものであった。
殊に、右変更案は同年八月一九日に労基署長に受理されているが、被告金庫は、同年五月にはすでにこれを提出していたのであり、以後の団交等の交渉は形式的なものにすぎなかった。
(四) 旧就業規則変更の合理性に関する被告の主張
(1) 第二・第三土休実施に伴う休日増は労働者の既得権ではないこと
昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げは、昭和五八年及び昭和六一年の第二・第三土休実施に伴い第二、第三土曜日を休日としたことに対する見返り措置として行われたものである。被告は昭和五八年九月に旧々就業規則の変更を見送った後も、組合に対していずれ平日の勤務時間延長のための措置をとる旨繰り返し伝えてきておリ、そのような経過に照らしても、右休日増が労働者の既得権となっていたとはいえない。
(2) 第二・第三土休実施に伴う休日増による所定勤務時間の大幅短縮
右のとおり、昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げは、第二・第三土休実施に伴う休日増に対応してその見返りとして行われたものである。たしかに、平日の終業時刻繰下げにより平日の所定勤務時間は一日当たり一〇分間延長されたが、右休日増以前と比べれば、昭和六二年変更の実施後、被告金庫における所定勤務時間は年間で約五〇時間強、月にして約四時間強と大幅に減少し、休日も年間約二四日増加している。これらは労働者にとって大きな利益となっており、昭和六二年変更に伴う不利益を補って余りある。
(3) 時間単価はむしろ引き上げられていること
被告金庫は、右のような所定勤務時間の大幅な短縮を行いながら、他方で賃金引き下げ等の措置は一切とっていないから、時間単価は引き下げられるどころか、逆に引き上げられている。
(4) 平日の終業時剣繰下げの必要性
第二・第三土休実施を受けて第二・第三土曜日を直ちにすべて休日とするならば、所定勤務時間内に処理しきれない業務が大量に発生する。また、大幅な時間短縮により時間単価が著しく増大するので、休日増による業務増大に従前どおり時間外勤務で対応するなら人件費の著しい増大を招く。近年の金融の自由化、国際化、機械化進展による金融業界の競争激化のため、経営基盤の弱い中小信用金庫である被告金庫にとってその経営環境は非常に厳しいものになってきており、右のような経費増大は、被告金庫の経営を大きく圧迫し、過大な負担となる。このような過大な経営負担を回避するためには、休日を増やす一方で、平日の終業時刻を繰り下げることにより平日の所定勤務時間を延長して、休日増の結果増大する平日業務に対処するとともに時間単価の増大を抑制する必要がある。
また、地元商工業者を主とする会員の出資により設立運営されている信用金庫の特殊性から、被告金庫のみが地域企業の中で抜きんでて短い勤務時間を設定することには、懸念がある。
(5) 昭和六二年変更に至る経緯
被告金庫は、組合に対し自ら申し入れて何度も団交を行うなど誠実に対応してきており、むしろ組合の方が団交を意図的に避け協議・交渉を行わなかったものであるから、右変更の交渉経過について被告が非難されるいわれはない。
(五) 新就業規則変更の合理性に関する原告らの主張
(1) 始業時刻を一〇分繰り上げる措置(以下、便宜、単に「始業時刻繰上げ」ということがある。)のもたらす不利益、その必要性の欠如
ア 総所定勤務時間の延長
前記(二)(1)のとおり、銀行法上の休日は当然に労働者の休日となると解されるから、第二・第三土休実施及び完全週休二日制実施によりすべての土曜日が休日となり、所定勤務時間はその分だけ短縮されていた。したがって、平成元年変更による始業時刻繰上げは、先行した昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げと相まって、年間約一二七時間に上る大幅な所定勤務時間の延長をもたらした。
イ 時間単価の引下げ
被告金庫においては、始業時刻繰上げにより所定勤務時間が延長されたにもかかわらず、賃金引上げ等の措置は講じられていないから、時間単価は変更前より引き下げられたことになる。
右の不利益は、金融機関の完全週休二日制実施に伴う休日増により、被告金庫の平日の事務量が増大し、密度の点において労働強化がなされている実情の下では殊に著しい。
ウ 一日の所定勤務時間の延長(私生活への影響)
始業時刻が一〇分繰り上げられたことにより、一日の所定勤務時間が一〇分間延長されたことになり、それは労働者に前記(三)(2)ウのような不利益を及ぼす。
エ 時間外手当(残業手当)の減少
従来、午前八時五〇分以前の勤務は時間外勤務として数えられていたところ、それが、始業時刻繰上げによりその分だけ所定時間内勤務に振り替えられることになり、結果として時間外手当が減少する。前記(三)(2)エのような理由から、時間外手当の減少は労働者にとって大きな不利益となる。
(2) 指定勤務日制新設のもたらす不利益、その必要性の欠如
ア 元来休日であるべき日の勤務であること
前記(1)アのとおり、第二、第三土休実施及び完全週休二日制実施により、すべての日曜日と土曜日は休日となったものであるが指定勤務日制は、これらの日に勤務を命じながら、代休の付与も休日勤務手当の支給もしないこととする制度であるから、それは端的に休日を奪うものである。
イ 指定勤務日制新設による既得権侵害
仮に右のように解されないとしても、指定勤務日制は労働者の次のような既得権を侵害する。
平成元年変更以前既に休日とされていた日曜日・祝日等・第二、第三土曜日が指定勤務日に指定されることがあり得るにもかかわらず、それらの日の勤務に対しては、代休の付与も休日勤務手当の支給もなされない。それは、それらの日を休日として享受する労働者の既得権を侵害するものである。
従来休日ではなかった第一、第四、第五土曜日が指定勤務日とされる場合には、時間外勤務として数えられていた午後二時以降の勤務が所定時間内勤務に組み込まれることになり、結果として時間外手当が減少する。
ウ 予測の困難さ
指定勤務日の指定は、その一か月前、具体的には前月の二五日までに行われれば足りるとされているので、労働者にとっては予測が困難であり、事前の計画が立てにくいという不利益がある。指定勤務日制により、すべての休日が「休めるか休めないか事前に分からない日」になった。
(3) 一か月単位変形制導入のもたらす不利益、その必要性など
ア 勤務時間の不規則性による生活リズムへの悪影響
変形制の下においては一日の拘束時間が日によって一定しないため、労働者の基本的な生活リズムが乱される。
殊に、被告金庫の変形制は、零時間勤務のパターンを含むなど変形の度合いが大きいため、その不利益が大きい。
イ D、E勤務の長時間勤務
通常の勤務日よりも勤務時間が長いD、E両勤務の指定を受けると、終業時刻が大幅に遅れその日の拘束時間が増大する不利益がある。
右の不利益は、子供を持つ女子労働者、共稼ぎの労働者において特に著しい。
ウ Z勤務はD、E勤務の代償としては不十分であること。
Z勤務の日の勤務時間は零であるが、これは休日のように、あらかじめ決まっているものでも労働者が自分の意思で決めるものでもなく、しかも、同じ職場の同僚が仕事をしている日に自分だけが休まされることが心理的に重荷になってゆっくり休むことができないのが実情であるから、これはD、E勤務の不利益を補うには不十分である。
また、被告金庫の労働密度過重な実情に照らせば、Z勤務の指定は心理的に労働者の有給休暇の取得を妨げる。
エ 予測の困難さ
被告金庫の変形制は、通常の勤務日とは異なる勤務時間の日を固定せず、各月の勤務パターンを開始日の一週間前までに被告金庫が一方的に指定することになっているため、労働者にとっては勤務の予測が困難であり、事前の計画が立てにくいという不利益がある。
オ 時間外手当の減少
変形制の導入により、被告金庫においては従来時間外勤務で対応していた繁忙期業務の一部が所定時間内勤務で行われることになり、結果として時間外手当が減少した。
殊に、被告金庫の変形制は、勤務時間零のZ勤務パターンを含み、Z勤務が一回指定されるとこれに対応して他の日に合計七時間の所定時間内勤務が課され、その分だけ時間外勤務が所定時間内勤務に振り替えられることになるので、時間外手当減少の度合いは非常に大きくなる。
前記(三)(2)エの理由により、時間外手当の減少が労働者の生活に与える打撃は深刻であり、その不利益は重大である。
力 金融機関の業務実態は変形制になじまないこと
被告金庫をはじめ金融機関の業務は一般に大変多忙であって、繁忙期はあっても閑散期などはまったくない。このような職場で変形制を導入して零時間勤務の日を無理やり入れるなら、それは密度の点で著しい労働強化を招く。金融機関は変形制に適さない職種である。
(4) 休日増による時間短縮の利益は小さいこと
平成元年変更による休日増がもたらす勤務時間短縮の利益は、始業時刻の繰上げ及び指定勤務日制の新設により大幅に減殺されており、同変更によりもたらされる労働者の不利益を緩和するには不十分である。
(5) 就業規則変更の必要性の欠如
前記(三)(3)のとおり、被告金庫の経営状況は至って良好であるから、完全週休二日制実施に伴う休日増に対応して、前記のような諸不利益を労働者にもたらす就業規則の変更を行う経営上の必要はない。
(6) 平成元年変更に至る経緯
平成元年変更に至る過程においても、被告金庫には、この問題を組合と積極的に協議・交渉しようという姿勢が全くなく、団交等は形式的な変更趣旨説明と労基署長届出のための意見書提出を求めるだけに終始する極めて不誠実なものであった。
なお、組合は、平成元年一月三〇日付けで平成元年変更に反対する旨の意見書を提出していることにも見られるように、一か月単位変形制の導入に同意したことはない。
(六) 新就業規則変更の合理性に関する被告の主張
(1) 完全週休二日制実施に伴う休日増による所定勤務時間の大幅短縮
被告金庫は、金融機関の完全週休二日制実施に合わせて、平成元年変更により、従来出勤日であった第一、第四、第五土曜日を休日にした。たしかに、始業時刻繰上げ及び指定勤務日制新設により、所定勤務時間は一日当たり一〇分間延長され、かつ、年間最大で六日(なお、運用実績は年間2.5日)の指定勤務日があるが、平成元年変更以前と比べれば、平成元年変更の実施後、被告金庫における所定勤務時間は年間で約四八時間強、月にして約四時間(指定勤務日制運用実績の年2.5日で算出)と大幅に減少している。また、休日も年間二三日から二四日増加している。これらは労働者にとって大きな利益となっており、平成元年変更に伴う不利益を補って余りある。
(2) 時間単価はむしろ引き上げられていること
被告金庫は、右のように所定勤務時間の大幅な短縮を行いながら、他方で賃金引下げ等の措置は一切とっていないから、時間単価は引き下げられるどころか、逆に引き上げられている。
(3) 変形制の適用除外事由の存在
新就業規則には、妊産婦、育児・老人介護を行う者など変形制の適用による不利益が著しい者への配慮から、一定の変形制適用除外事由が定められている。
(4) 就業規則変更の必要性
ア 被告の経営環境と休日増の影響
前記(四)(4)と同様の理由から、金融機関の完全週休二日制実施を受けて第一、第四、第五土曜日を直ちにすべて労働者の休日とするならば、時間単価の著しい増大を招き、過大な負担となるばかりか、被告金庫のみが地域企業の中で抜きんでて短い勤務時間を設定することには、懸念がある。
イ 始業時刻繰上げの必要性
完全週休二日制実施による休日増に対応して始業時刻を繰り上げることにより、所定勤務時間を延長し、増大する平日業務に対処するとともに、所定勤務時間短縮による時間単価の増大を抑制して過大な経営負担を回避することは、被告金庫の厳しい経営環境に照らして、必要な措置である。
さらに、近隣の競合金融機関等に対抗して、平日のCD・ATM等自動機器稼動開始時刻を繰り上げる必要があり、その条件作りのためにも始業時刻繰上げが必要である。
ウ 指定勤務日制新設の必要性
被告金庫においては、土曜日・日曜日のCD・ATM等自動機器稼動に対応するためこれらの日にも誰かを勤務させる必要があるところ、第二、第三土休及び完全週休二日制実施に伴う休日増及び時間単価上昇の中で、右勤務に従前どおり休日出勤・休日割増手当で対応するのは被告金庫の経営を圧迫する結果を招く。前述のような厳しい経営環境の下にある被告金庫としては、大幅な休日増を実現しつつ過大な経営負担を回避することが必要であり、そのためには、指定勤務日制を新設して土曜日・日曜日のCD・ATM等自動機器稼動に所定時間内勤務で対応できるようにし、休日増による時間単価の増大を抑制する必要がある。
エ 一か月単位変形制導入の必要性
完全週休二日制実施に伴う大幅な休日増により、平日にこなさなければならない業務量も大幅に増大しているところ、これに従前どおり時間外勤務を振り当てて対応するのは時間外手当の増大を招く。時間単価が引き上げられていることによりその負担増は一層著しい。他方で、給与支給日後や賞与支給日前後等の預金勧誘業務の増大、月末ころの顧客企業に対する融資案件の増大等、被告金庫の業務状況にも予測可能な繁閑の差がある。そこで、右休日増による時間外手当の負担を軽減するため、変形制による時間内労働の効率的な配分が必要である。
(5) 平成元年変更に至る経緯
一か月単位変形制の導入については、平成元年一月二六日の団交の席上、口頭で組合の同意を得ている。
また、平成元年変更に至る過程において、被告金庫は、組合に対し自ら申し入れて何度も団交を行うなど誠実に対応してきており、むしろ組合の方が団交を意図的に避け、協議・交渉を行わなかったものであるから、右変更の交渉経過について被告が非難されるいわれはない。
第三 争点に対する判断
(本件就業規則変更手続の違法性の有無について―争点①)
一 昭和六二年変更の経過
前記争いのない事実及び証拠(乙一〇)によれば、被告金庫は、昭和六二年変更の実施に先立つ昭和六二年三月末、組合及び清風会に対し、その改定案を示し、これに対する意見書を提出するよう求めたこと、その後も被告金庫は、この問題について三回にわたり(同年四月六日、同年五月二二日及び同年六月七日)団交を行い、組合に対し、昭和六二年変更の趣旨等を説明した上、同年八月一九日、労基署長に右変更を届け出たことが認められる。
二 平成元年変更の経過
前記争いのない事実及び証拠(証人楽木恭一、原告小林白光、同鈴木章、乙一九、三八)によれば、被告金庫は、平成元年変更の提案に先立つ昭和六三年二月、所属長を対象とする説明会において、「だてしんパワーアップ三ヶ年計画書」なる中期事業計画書を配布し、その後これを全職員に配布したが、その中には、「労働基準法改正、完全週休二日制実施、顧客ニーズに即応する勤務体制と就業規則の見直し」も目標として掲げられていたこと、さらに、被告金庫は、同年一〇月、営業店長会議を開き、平成元年変更の概要をも示した「完全週休二日制実施にむけての就業管理体制の見直しについて」なる文書を配布して変更の趣旨を徹底し、その後に各支店の店内会議等の機会にもその説明をし、昭和六三年一二月末には組合及び清風会に対して平成元年変更を提案し、その後組合に対して二回(同年一二月二日及び同月八日。ただし、二日は実質的な説明に入っていない。)の説明会を開催し、三回(平成元年一月一〇日、同月二五日及び同月二六日)の団交を行って平成元年変更の趣旨等を説明し、その間には同月二四日付け組合からの質問書に対し同日付けで回答書を出し、同月二七日の右変更届出に際しては、本店、伊達駅前支店、壮瞥支店、豊浦支店について、労働者の過半数を代表する者の意見書を添附し、労働者の過半数を代表する者が決まらなかった洞爺湖温泉支店(全一四名)については、清風会員(六名)の代表者の意見書を添附して右の事情を労基署係官に伝え、同月三〇日に至って同支店組合員(五名)の代表者の意見書を得た旨労基署に伝えたことが認められる。
三 結論
以上の事実によれば、被告金庫は、昭和六二年及び平成元年の各就業規則変更届出に先立ち、各事業所の意見を聴取すべき者に、就業規則変更内容を周知させ、それについて検討する十分な時間的余裕を与えた上で、その意見を聴取したと認めるのが相当であるから、右両変更手続が労基法九〇条一項所定の手続に違反するとの原告らの主張は理由がない。
(本件就業規則変更による労働者の不利益及び変更の合理性について―争点②)
一 就業規則の一方的な不利益変更の効力に関する判断の枠組み
労働条件の変更は、本来対等な労使の合意によってなされるべきものであり、使用者が就業規則を変更することによって労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、労働条件は統一的かつ画一的に定めるべきであるとの要請に照らせば、右のような変更も、合理的なものである限り、許されるものと解される。そして、右の合理性の有無は、変更による不利益の内容・程度、これを緩和する措置の有無・程度、変更を行う事業経営上の必要性の有無・程度、組合等労働者側との交渉経過等諸般の事情を総合して判断すべきものである。
二 銀行法一五条一項の趣旨、解釈等
昭和五六年以降の一連の銀行法関連法令の改変が政策的に金融機関における完全週休二日制の実施を目指すものであることはその立法経緯等から明らかである。しかしながら、銀行法そのものは、同法一条が規定するように、銀行業務の規制を目的とするいわゆる業法であって、労働者の労働条件の基準を定めるものではなく、右のような政策的目的の直接の実現は労働関係立法や労使間の自治規範、交渉等に委ねる趣旨と解するのが相当である。したがって、同法一五条一項にいう「銀行の休日」も、銀行の窓口業務を行わない日を意味するにすぎず、労働者の休日を意味するものと解することはできない。同条がその二項に「営業時間」についての規定を置いていることからも、右の理は明らかである(なお、右条項はいずれも信用金庫法八九条一項により、信用金庫に準用されている。)。
また、証拠(原告小林)によれば、従来、被告金庫においては、銀行法により「銀行の休日」とされた日が、労働協約や就業規則の変更を待つまでもなく、事実上そのまま労働者の休日とされていたことが認められるが、これを越えて、銀行法上の「休日」が直ちに労働者の休日となるとの労使慣行が存在したことは本件全証拠によっても認めることができない。かえって、前記争いのない事実及び証拠(甲七一)によれば、被告金庫は、昭和五八年八月一八日、組合及び清風会に対し、同月の第二土休実施に伴い、平日の終業時刻を一〇分繰り下げる就業規則変更を行う旨通知したが、両組合の反対にあって右提案を撤回した経緯があること、金融機関の完全週休二日制実施後も土曜日を労働者の休日とせずに、特定の土曜日を出勤日とした金融機関もあったことが認められることからすると、右のような労使慣行は存在しないことが認められるのである。
よって、政令の改正によって「銀行の休日」が増えたからといって、直ちにそれが労働者の休日となるものではなく、また、事業主がそれを直ちに労働者の休日とすべき法律上の義務を負うものでもないといわなければならない。
三 第二・第三土休実施と昭和六二年変更の関係
前記争いのない事実並びに証拠(証人楽木、原告小林、甲四、六、九、乙三一から三三まで)及び弁論の全趣旨によれば、昭和五八年八月の第二土休実施から三年半、昭和六一年八月の第三土休実施から半年強経た昭和六二年三月、被告金庫から終業時刻の一〇分繰下げを含む就業規則変更が提案され、同年一〇月から施行されたこと、政府・労働省は内外の諸情勢から金融機関の完全週休二日制の実施を目指して急いでおり、昭和五八年八月の第二土休実施及び昭和六一年八月の第三土休実施の当時においては、引き続くごく近い将来に完全週休二日制の実施が予想されていたこと、組合は、他金庫の実情等当時の諸情勢から、被告金庫が第二土休実施に伴い平日の勤務時間延長を提案するかもしれないと認識していたこと、被告は、昭和五八年の第二土休実施を前にした同年六月八日の団交において、第二土休実施に伴い平日の勤務時間を夕方一〇分間延長することを考えており後日文書で提案する旨伝えた上、同年八月一八日、平日の終業時刻を一〇分繰り下げる就業規則改定案(同年九月一日実施予定)を組合及び清風会に文書で提示し意見を求めたが、両組合の反対にあってこれを断念したこと、被告が右提案を断念したのは、両組合の反対にあったことのほか、第二土休のみであれば休日増は年間一二日で余り多くないと判断したためであったこと、昭和六一年八月の第三土休実施を控え、組合は、被告に対し、同年三月一七日付け「統一要求書」において、労働時間の延長は一切しないよう求めたが、被告は、同年四月一〇日付け回答書で、労働時間の問題については後日改めて被告金庫から提起する旨回答したこと、右提案見送り以降、被告は、組合及び清風会に対して、あるいは支店長会議等の場や各職場において、当面は土曜日を旧々就業規則の「その他金庫が特に指定する日」として休日と扱う旨及び後日更なる土曜日の休日化を実施する場合には平日の勤務時間延長の措置をとる予定である旨を伝えており、組合も被告金庫がそのような考えであることを承知していたこと、それにもかかわらず、この点に関する就業規則変更の再提案が昭和六一年三月まで遅れたのは、男女雇用機会均等法施行・労基法改正への対応、関連会社の設立等に時間がとられ、また担当役員(総務部長)が急きょ退職するなどの事情が重なったためであったことが認められる。
以上の事実からすれば、昭和五八年及び昭和六一年の第二・第三土休実施に伴う休日増によって得た労働者の利益が、昭和六二年一〇月当時「既得権」となっていたと認めることはできず、したがって、昭和六二年変更の不利益性、合理性の有無は、第二・第三土休実施に伴う休日増の利益をも視野に入れ、それ以前における被告金庫の労働条件との比較において判断すべきものと解するのが相当である。
四 被告金庫の総所定勤務時間
1 昭和六二年変更による総所定勤務時間の増減
銀行法施行令改正による第二・第三土休の実施は当然には労働者の休日増加を意味しないこと、昭和六二年変更の不利益性、合理性は第二・第三土休実施以前における被告金庫の労働条件との対比において判断されるべきことは前述のとおり(二、三)であるから、昭和六二年変更により被告金庫の所定勤務時間が総体として延長されたのか短縮されたのかは、第二・第三土休実施に伴う休日増をも併せ考えて判断しなければならない。
昭和六二年変更により平日の終業時刻が一〇分繰り下げられ、これにより被告金庫の所定勤務時間が平日一日当たり一〇分間延長されたことは自明であるが、他方、同変更により従来勤務日であった第二、第三土曜日が休日となり、これにより被告金庫の所定勤務時間がそれらの日の勤務時間(四時間一〇分)の分だけ短縮されたこともまた明らかである。これらを総計すると、被告の所定勤務時間は年間約五〇時間前後短縮されたことになる(暦に従って計算すると、旧々就業規則によったものと仮定して算出した被告の昭和六二年一〇月から一年間の所定勤務時間は一九五八時間二〇分であるのに対し、旧就業規則によるそれは一九〇四時間一〇分で、後者は前者より五四時間一〇分短く、また、旧々就業規則によったものと仮定して算出した被告の昭和六三年一〇月から一年間の所定勤務時間は一九四四時間二〇分であるのに対し、旧就業規則による(ただし、平成元年二月以降は新就業規則が施行されたので、旧就業規則によったものと仮定する。)それは一八八九時間五〇分であり、後者は、前者より四四時間三〇分短く、いずれもおおむね2.8パーセント前後の短縮となる。)。
したがって、昭和六二年変更による平日の終業時刻繰下げによって被告の総所定勤務時間が延長されたとする原告らの主張は失当である。
2 平成元年変更による総所定勤務時間の増減
銀行法施行令改正による完全週休二日制の実施は当然には労働者の休日増加を意味しないことは前述のとおり(二)であるから、平成元年変更により被告金庫の所定勤務時間が総体として延長されたのか短縮されたのかは、同変更による休日増をも併せ考えて判断しなければならない。
平成元年変更により始業時刻が一〇分繰り上げられ、これにより被告金庫の所定勤務時間が一日あたり一〇分間延長されたことは自明であるが、他方、同変更により従来勤務日であった第一、第四、第五土曜日が休日となり、これにより被告金庫の所定勤務時間がそれらの日の勤務時間(四時間一〇分)の分だけ短縮され、また、指定勤務日制新設により、年間で最大六日、運用実績で年間2.5日(この点は原告らにおいて明らかに争わない。)の土曜日・日曜日・祝日等が通常の勤務日に振り替えられることになる。これらを総計すると、被告の所定勤務時間は年間約二〇時間から四〇時間強短縮されたことになる(暦に従って計算すると、旧就業規則によったものと仮定して算出した被告の平成元年二月から一年間の所定勤務時間は一八八一時間三〇分であるのに対し、新就業規則によるそれは指定勤務日が六日指定されたと仮定して一八六二時間四〇分、実際の運用実績である2.5日指定されたと仮定して一八三七時間であり、後者は前者より四四時間三〇分から一八時間五〇分短く、また、旧就業規則によったものと仮定して算出した被告の平成二年二月から一年間の所定勤務時間は一八七八時間三〇分であるのに対し、新就業規則によるそれは指定勤務日が六日指定されたと仮定して一八五五時間二〇分、2.5日指定されたと仮定して一八二九時間四〇分であり、後者は前者より四八時間五〇分から二三時間一〇分短く、いずれもおおむね一パーセント強から2.5パーセント前後の短縮となる。)。
したがって、平成元年変更による始業時刻繰上げによって被告の総所定勤務時間が延長されたとする原告らの主張は失当である。
五 時間単価について
1 右のとおり、昭和六二年変更及び平成元年変更のいずれにおいても、被告金庫の所定勤務時間は短縮されているが、他方で、被告金庫は、右両変更に際し、あるいはこれらに前後して、所定時間内勤務に対する賃金を引き下げる措置をとってはいない(当事者間に争いがない。)から、時間単価は右短縮分だけ引き上げられたことになる。
そして、被告金庫の所定勤務時間は、年間で、昭和六二年変更により約2.8パーセント、平成元年変更により約一パーセント強から2.5パーセント前後それぞれ短縮されたことは前認定のとおり(四1、2)であるから、時間単価はそれぞれ約2.9パーセント弱と約一パーセント強から2.5パーセント前後引き上げられたことになる(なお、被告金庫における時間外手当の算出は、基本給等からなる基準内給与から家族手当を控除した額に一〇〇〇分の8.1を乗じて得た額に時間外勤務の時間を乗じる方法で行われている(当事者間に争いがない。)から、右引上げにより時間外手当の単価も右と同程度引き上げられたことになる。)。
したがって、時間単価が引き下げられたとの原告らの主張は、所定勤務時間の延長を前提とする限りにおいて、理由がない。
2 もっとも、原告らは、第二・第三土休実施及び完全週休二日制実施に伴う休日増により、平日の労働は密度の点において大幅に強化されたから、これによっても時間単価が引き下げられたことになるとも主張している。
たしかに、休日増に伴い被告金庫が事業規模を縮小したわけではないので、被告金庫の平日業務が増加していることは推認に難くないが、その増加の度合いがどれほどのものか、増加した平日の業務のうちどの程度が時間内勤務に吸収され、どの程度が時間外勤務によって対応されているかは算定困難で、増加した業務が、勤務時間増によってではなく、もっぱら単位時間内の労働強化によって処理されていると認めるに足りる証拠はなく、まして、右に述べたような所定勤務時間短縮による時間単価の上昇分を考慮しても、なお、密度の点において労働強化がなされて時間単価が引き下げられたと認めるに足りる証拠はないので、この点に関する原告らの主張も理由がない。
六 昭和六二年変更の合理性についての判断
1 平日の終業時刻繰下げによる不利益の内容
平日の終業時刻を一〇分繰り下げてその所定勤務時間を一〇分間延長すれば労働者の自由時間がその分だけ少なくなるのであるから、これが労働者に不利益であることは明らかであり、また、この結果、右延長された一〇分間の勤務については時間外手当が支給されないことになったから、これが労働者に不利益であることも明らかである。
2 第二・第三土休実施に伴う休日増が労働者にもたらした利益
(一) 休日増により直接もたらされた利益
被告金庫においては、第二・第三土休実施に伴う休日増により所定勤務時間が年間約五〇時間前後と大幅に短縮されたことは前認定のとおり(四1)であり、また、同じ総所定勤務時間の短縮であっても、このように休日を月に二日弱増やす方法によってするそれは、他の方法(例えば、すべての日の終業時刻を少しずつ繰り上げる等)によってする場合のそれよりも、朝夕の通勤から解放されるなど労働者にとっての利益が多いことは明らかで、さらに、土曜日が休日化され、土曜日・日曜日の連休が増加し、長時間継続した自由時間が確保されることには、総所定勤務時間の短縮それ自体とは別個の利益があることも明らかである。
(二) 休日増に伴う時間単価引上げの利益
第二・第三土休実施に伴う休日増により、時間単価及び時間外手当の単価が約2.8パーセント引き上げられたことは前認定のとおり(五1)である。
3 昭和六二年変更の必要性について
前記争いのない事実及び証拠(証人楽木、乙四四、四九、五一)によれば、被告金庫の経営状況はそれなりに安定しており、漸減傾向をたどっていた収益状況も平成四年には上昇に転じたこと、第二・第三土休実施に伴う休日増により被告金庫のランニングコストは年間二、三百万円程軽減されたことが認められるが、それと同時に、近年の金融の自由化、国際化、機械化の進展により金融業界の競争は激化していること、被告金庫は伊達市を中心とする西胆振地区を営業区域とするが、同地区の経済基盤は脆弱であり、主たる貸出し先である中小零細企業は元来資金需要に乏しく、被告金庫の経営体力も乏しいこと、今後被告金庫が地域に密着した小規模金融機関として生き残っていくためには、地縁・人縁に頼った営業活動をし、きめ細かな顧客サービスを図らなければならないが、そのためにはあらゆる部門においてコストの削減に努める必要があること、被告金庫では、営業地域内の都銀・地銀並の機械化が競争上不可欠であり、現に従前から計画的に自動機器等の導入を進めているが、そのための設備資金及びランニングコストは大きいこと、しかも、被告金庫には規模のメリットも期待できないこと、被告金庫の営業区域内である室蘭市においては、昭和六〇年に新日鉄室蘭の事業規模大幅縮小という事態があり、同地域の経済見通しはかなり暗いことなどが認められる。
以上の事実によれば、被告金庫の経営状況は現在はそれなりに安定しているものの、その経営環境はかなり厳しく、予断が許されない状況にあるということができる。
4 変更に至る経緯
前記争いのない事実及び証拠(原告小林、証人楽木、甲七、九、一八、乙九、一〇、四四)によれば、被告金庫は組合に対し、昭和六二年三月二四日に昭和六二年変更を提案し、同年四月六日に行われた春闘団交の席上一〇分程右提案についての説明をしたこと、その際、組合は、右提案についての詳しい説明は求めず、その後も同月二五日に至るまで団交等を求めなかったこと、被告金庫は、同年四月二七日及び同年五月一日、組合に対し、右問題協議のための団交を申し入れたが、組合の都合で実現しなかったこと、右問題については同月二二日と同年六月九日に行われた団交の席上においても、春闘問題と併せて話合いがなされたこと、被告金庫は、同年八月一九日に昭和六二年変更を労基署長に届け出たが、その後の同年九月一八日に合同説明会を開催して組合等に対して右問題の説明をし、同月二四日には団交を行ってこれについて協議したこと、しかしながら、結局右変更についての組合の同意は得られず、同年一〇月一日に旧就業規則が施行されたこと、右変更についての各組合の意見書及び各事業所単位の意見書は同年四月二五日から七月一四日にかけて順次提出されたこと、組合は、昭和五八年の第二土休実施に先立つかなり早い時期から終始一貫して、銀行法施行令改正による「銀行の休日」は当然に労働者の休日になると認識していたこと、組合と被告金庫の話合いが終始平行線をたどったのには、組合の右のような認識に基づくかたくなな態度もひとつの理由になっていることが認められる。
以上の経過を総合すれば、被告の組合に対する対応はそれなりに誠実であったと認められ、これが、形式的な態度に終始する不誠実なものであったということはできない。
なお、原告らは、昭和六二年変更案は昭和六二年八月一九日に労基署長に受理されているが、実は、これは同年五月には既に提出されていたのであって、以後の団交等の交渉は形式的なものにすぎなかった旨主張するが、右事実に沿う原告小林の供述はあいまいな伝聞であるから採用し難く、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
5 昭和六二年変更の合理性についての結論
以上見てきたところを総合して昭和六二年変更の合理性について判断するに、右変更により原告らには一日の所定勤務時間が一〇分間延長され、その分自由時間が少なくなる不利益及び右延長された一〇分間の勤務については時間外手当が支給されない不利益が生ずるが、右延長はわずか一〇分間だけのことであるからその不利益の程度は僅少であるのに対し、原告らが受ける時間短縮、時間単価及び時間外手当単価の引上げ並びに休日増加による利益はかなり大きなものであり、後者は前者を補ってなお余りあるものと認められる。また、被告金庫の組合に対する交渉態度もそれなりに誠実であったと認められるのである。さらに、地元商工業者を主とする会員の出資により設立運営されている信用金庫の特殊性から、被告金庫が地域企業のなかで抜きんでて短い勤務時間を設定するのに躊躇するのは、立法の背景にある政策的目的にはそぐわないが、あながち理解できないことでもない。
したがって、前述のとおり(二)、土休実施に伴い休日を増加させる法律上の義務のない被告が、なお、その政策的趣旨に沿うよう休日増の措置をとった上で、自身の経営環境、経営規模、休日増による経営負担、将来の経営見通しなどを考慮して、時間短縮の幅を圧縮して経費増大を抑制するために就業規則を変更したことは、たとえ、被告金庫の経営状態が比較的安定しているにしても、また、休日増によりそのランニングコストが年間二、三百万円程節減されたとしても、なお合理性があるというべきである。
昭和六二年変更には合理性があると認められる。
七 平成元年変更の不利益性と合理性についての判断
1 始業時刻繰上げによる不利益の内容
始業時刻を一〇分繰り上げて所定勤務時間を一〇分間延長すれば労働者の自由時間がその分だけ少なくなるのであるから、これが労働者に不利益であることは明らかであり、また、この結果、右延長された一〇分間の勤務については時間外手当が支給されないことになったから、これが労働者の不利益であることも明らかである。
2 指定勤務日制新設による不利益の内容・程度
(一) 休日の剥奪であるとの原告らの主張について
原告らは、銀行法施行令改正による第二・第三土休実施及び完全週休二日制の実施により、すべての土曜日は当然に労働者の休日となったのだから、指定勤務日制が、日曜日と土曜日に勤務を命じながら、代休の付与も休日勤務手当の支給もしないのは、休日を奪うことになると主張するが、金融機関の土休実施により当然に労働者の休日が増加するものではないことは前述のとおり(二)であるから、右の主張は前提を欠き失当である。
(二) 予測の困難さについて
指定勤務日の指定は、基本的には、被告金庫が一方的に指定するものであり、その意味では労働者にとっては予測が立ちにくく、余暇等の利用計画に若干の支障があることは優に推認されるから、これが労働者に不利益であることは明らかである。
しかしながら、指定勤務日は前月の二五日までには告知されるものである(当事者間に争いがない。)から、予測の困難といってもさほどのものではなく、さらに、年間約一二〇日弱ある土曜日・日曜日・祝日等の中で、指定勤務日は最大でも六日指定されるにすぎない上、運用実績は更に少なく、年間2.5日であることは前認定のとおり(四2)であるから、新就業規則によって休日と指定されたすべての日が「休めるか休めないか分からない日」になったなどとは到底いえない。右の不利益はさして大きなものとは認められない。
(三) 日曜日、祝日等並びに第二、第三土曜日及び第一、第四、第五土曜日に関する従前の取扱いの変更について
(1) 右(一)、(二)のほか、原告らが指定勤務日制新設による不利益として主張するところ(第二の二2(五)(2)イ)は、要するに、指定勤務日が指定された場合、①日曜日、祝日等及び第二、第三土曜日については、従前は休日であったこれらの日が休日として扱われなくなること及び②第一、第四、第五土曜日については、終業時刻が繰り下げられたことになり、その結果所定勤務時間が三時間一〇分延長され、かつ、その分だけ従前の時間外勤務が所定時間内勤務に振り替えられて時間外手当が減少することが労働者の不利益になるというにある。
(2) たしかに、右①、②のような内容の措置がそれのみ単独でとられたのならば、それが労働者にとって大きな不利益になることは明らかであるが、右の措置は、いずれも、第一、第四、第五土曜日が新たに休日となり、全体として大幅に休日が増えた中で(暦によれば、平成元年二月からの一年間で二五日が新たに休日となり、年間の休日は一一七日程になった。)とられたものであるから、右の増減を差し引きすれば休日は最低でも年間で一九日増えており、かつ、年間で六日を超えて土曜日、日曜日、祝日等に勤務を命じられれば、従前どおり、代休なり休日勤務手当なりが与えられるのであるから、休日扱いされる日の数という見地から見れば、右は労働者にとって何ら不利益とはならない。
なお、一般に労働者には週のうちの特定の曜日を休日とすることを求める権利はないと解される(労基法三五条一項参照)が、日曜日、祝日等については、官公庁・学校・その他多くの企業においてこれを休日としていることは公知の事実であり、金融機関においても、旧銀行法以来、これらの日が休日とされてきたことをも併せ考えると、労働者には、今後ともこれらの日を一般的に休日として扱われるべき既得権的権利が成立していると解する余地がないではないが、右のように解するとしても、この理は第二・第三土休及び完全週休二日制実施に伴い新たに休日となった土曜日については妥当せず、また、指定勤務日制により勤務日とされるのは、年間約六七日の日曜日・祝日等のうち最大でも六日にすぎず、しかも、これは最低でも年間一九日程度の土曜日が休日となったことの代償としての措置であるから、右の不利益は休日増の利益により優に解消されているというべきである。
3 一か月単位変形成による不利益の内容・程度
(一) 勤務時間の不規則性について
変形制が導入されると、その適用期間においては、勤務日によって勤務時間が異なることになるから、労働者の生活リズムは導入前よりも導入後の方が不規則になることは疑いがない。
しかしながら、リズムが乱されるといっても、労働者にとっては早く帰れる分には特に不利益はないと認められるから、右の事情は、変形制導入により通常よりも長時間の勤務が課されることがあり得ることに伴う不利益の問題として考えれば足りると解される。
(二) D、E勤務による長時間拘束の不利益及びD、E勤務とZ勤務との関係等
(1) D、E勤務による長時間拘束の不利益
被告金庫の一か月単位変形制において、標準的な勤務日であるA勤務の日と比べた場合、D、E各勤務の終業時刻はD勤務で一時間、E勤務で二時間遅いので、これらの勤務を命じられた場合、その日の拘束時間が長くなり、私生活に影響が出る不利益があり、幼い子供を持つ女性労働者や共稼ぎの労働者にとっては、その不利益がより大きいことは推認に難くない。
しかしながら、前記争いのない事実及び証拠(原告亀倉義明、同鈴木、甲四〇、八六、九六)によれば、新就業規則は、一か月単位変形制について定める一八条の三において、①妊産婦である職員から請求があった場合、②育児又は老人等の介護を行う者、職業訓練又は教育を受けるものであって、変形勤務によりがたい正当な理由があると認められる職員から請求があった場合、③その他被告金庫が特別の配慮を要すると認めた職員については変形制を適用しないで通常勤務とする旨定めていること、また、被告は、一か月単位変形制を適用するについては、職場の実態、実情を勘案し、職員の事情を聴取するとの考えでおり、平成元年一月二六日の団交の席上、組合にその旨伝え、現にそのような運用をし、従業員の数が少ないためこれを適用すると業務に支障が出るような支店(例えば、従業員が実質五人しかいない大滝支店)では適用を差し控え、職員の希望を聴取し、差し障りがある(例えば、変形制導入について訴訟で争っている組合の書記長としての立場)として断る者は無理に指定しないなどしていることが認められる。したがって、右の不利益は制度上それなりに緩和されているというべきである。
(2) D、E勤務とZ勤務との関係について
原告らは、Z勤務は、前記第二の二2(5)ウのとおり、D、E勤務の代償としては不十分である旨主張するが、Z勤務が勤務時間の点においてD、E勤務の代償となっていることは新就業規則の規定自体から明らかであり、また、Z勤務には、朝夕の通勤の負担から解放される利益もあるばかりか、例えば、Z勤務一回に対しD勤務七回が指定された場合と、A勤務が七回の場合とを比較すれば、前者は後者よりも勤務時間が二〇分短い利益があることも右規定自体から明らかであるから、この点に関する原告らの主張は理由がない。
なお、原告らは、被告金庫の労働密度過重な実情に照らせば、Z勤務の指定は労働者の有給休暇の取得を妨げる結果となるので、この点からも、Z勤務はD、E勤務の代償としては不十分である旨主張するが、仮に被告金庫における実情が右のようなものであったとしても、被告金庫が有給休暇の取得を制度上制限していることは認められないから、右は事実上の問題にすぎず、これをもってZ勤務がD、E勤務の代償としては不十分であるということはできない。
(三) 予測の困難さについて
変形勤務パターンの指定は、基本的には、被告金庫が一方的に指定するものであり、その意味で労働者にとっては予測が立ちにくく、余暇等の利用計画に若干の支障があることは推認に難くない。
しかしながら、各労働者の勤務パターンは、当該月の一週間前までに労働者に提示されることになっている(当事者間に争いがない。)上、変形制の実際の運用に当たっては職員の事情を聴取する扱いもなされていることは前認定のとおり((二)(1))であり、また、証拠(原告小林、同鈴木、同亀倉、甲八六、九六)によれば、被告金庫の繁忙期は、一年では三月と一二月、一月では月始めと月末などとある程度決まっていること、変形制の実際の運用は、零時間勤務のZ勤務を月半ばなどの比較的業務の閑散な日に指定し、長時間勤務のD、E勤務を月末などの繁忙日に指定して行われている(その他、五時以降に店内会議がある日にD勤務を指定し、ATM当番のために七時まで居残らなければならない者がいるとその者をE勤務に指定し、あるいは、残業が多い得意先係には、比較的業務の少ない月半ばにZ勤務を指定し、繁忙期である月末に集中的にD勤務を指定するなどしている。)ことが認められるから、予測が困難といっても、それはさしたるものとは認められない。
(四) 時間外手当の減少
変形制の導入により、その導入前の時間外勤務の一部又は全部が所定時間内勤務に振り替えられる結果、労働者の時間外手当が右導入前よりも減少することは明らかである。したがって、そのような効果を伴う変形制の導入には、時間外手当の引下げに類する面があり、これが原告ら労働者に不利益であることは明らかである。
しかも、被告金庫の変形制においては、零時間勤務のZ勤務が存在し、これを一回指定することでほぼ七時間分の時間外勤務が所定時間内勤務に振り替えられることになるから、制度の運用の仕方いかんによっては、右不利益はかなり多くなり得ることも明らかである。
4 完全週休二日制実施に伴う休日増が労働者にもたらす利益
(一) 完全週休二日制実施に伴う休日増により被告金庫の所定勤務時間が年間約二〇時間から四〇時間強短縮されたことは前認定のとおり(四2)で、これが労働者に利益であることは明らかである。そして、このように休日増の方法によってする総所定勤務時間の短縮には、他の方法(例えば、すべての日の終業時刻を少しずつ繰り上げる等)によってする場合のそれよりも労働者にとっての利益が多いことも前認定のとおり(六2(1))のとおりである。
(二) また、完全週休二日制実施に伴う休日増により、時間単価及び時間外手当の単価が約一パーセント強から2.5パーセント前後引き上げられたことも前認定のとおり(五1)である。
5 平成元年変更の必要性について
(一) 被告金庫の経営環境、収益状況など
被告金庫の収益状況がそれなりに安定したものであり、休日の増加によってそのランニングコストが年間二、三百万円程軽減された反面、被告金庫のおかれている経営環境はかなり厳しく、予断が許されない状況にあること、また信用金庫の特殊性から、被告金庫が地域企業のなかで抜きんでて短い勤務時間を設定することに躊躇するのもあながち理解できないでもないことは前認定のとおり(六3、5)である。
(二) CD・ATM等自動機器の早朝稼動について
被告は、始業時刻繰上げの理由として、午前八時五〇分以前にCD・ATM等自動機器を稼動させるための条件作りということを主張しているが、自動機器稼動開始時刻を繰り上げること自体は競合他金融機関への対抗上必要であるとしても、そのために従業員全員を出勤させることの必要性は疑わしく、その必要は存しないといわなければならない。
(三) 被告金庫における変形制導入の適否について
原告らは、金融機関は一般に忙しすぎるので、このような職種に変形制を導入すれば密度の点において著しい労働強化がもたらされるとして、金融機関は変形制導入に適しない職種である旨主張するが、仕事の忙しさは、各職場の業務量、人員、機械化進展状況等の要因によって決まるもので、これは各金融機関ごとに一様ではないから、金融機関一般が忙しすぎて変形制に適しないということはできず、現に、被告金庫についても忙しすぎて変形制の導入に適しないと認めるに足りる証拠はない上、証拠(原告亀倉、甲八六)によれば、被告金庫は、各支店ごとの従業員数等を見て、変形制に適しない職場にはその実施を差し控えるなどしていることも認められるから、右の主張は理由がない。
6 変更に至る経緯
(一) 一か月単位変形制の導入に関する組合の同意の有無
前記争いのない事実並びに証拠(証人楽木、原告亀倉、甲五五、乙二九、三〇、四四から四六まで)及び弁論の全趣旨によれば、被告は組合に対し、平成元年一月二六日に行われた団交の席上、旧就業規則にある夏季・冬季休暇各三日間を新就業規則でも認める意向である旨述べるとともに新就業規則に同意するよう要請したこと、これに対して、原告亀倉ら組合側は、夏季・冬季休暇が復活されるなら一か月単位変形制の導入に同意する考えでいる旨述べたことは認められるが、同時に、就業規則変更についての組合の意見は最終的には文書の形で被告に伝えられることが予定されていたところ、同月三〇日に提出された就業規則変更についての組合の同日付け意見書には就業規則変更に反対する旨の意見が記載されていたことが認められるから、組合が一か月単位変形制の導入に同意したとは認められず、この点に関する被告の主張は理由がない。
(二) 平成元年変更の提案から施行に至るまでの経緯
前記争いのない事実及び証拠(証人楽木、原告小林、乙一九、四一、四四)によれば、被告は組合に対し、昭和六三年一一月二九日に平成元年変更を提案してこれに対する意見書の提出を求め、同年一二月二日及び同月八日にこの問題についての説明会を開催して組合に就業規則変更の趣旨を説明し(ただし、二日は実質的な説明に入っていない。)、同月二二日には組合に対し再度意見書の提出を求めるとともにこの問題についての団交を申し入れたこと、これに対して、組合は、一二月中は業務多忙のため意見書提出及び団交実施は困難である旨述べてこれに応じなかったため、平成元年一月一〇日に至って被告の求めにより約二時間にわたる団交が行われたこと、組合は、同月二四日、被告に対し、右提案に関連する質問書を提出し、被告は即日これに対する回答書を組合に交付したこと、翌二五日には再び二時間弱にわたる団交が行われ、その翌日には組合執行部と被告金庫人事研修課長との間で非公式の面談が行われ、この場で組合側は条件次第では一か月単位変形制の導入に同意する考えでいる旨伝えたため、同日夜、右面談を受けた形で三度団交が行われたこと、この席で、被告金庫は、旧就業規則にある夏季・冬季休暇を復活する用意があること及び一か月単位変形制適用に際しては、職場の実態、実情を勘案し、職員の実情を聴取するとの意向を示したこと、その後の同月二〇日から同月三〇日にかけて、この問題に関する各組合及び各事業所単位の意見書が順次提出され、同年二月一日に新就業規則施行に至ったこと、その間組合から右問題についての団交申込みはなかったことが認められる。
以上の経過を見れば、被告の組合に対する対応はそれなりに誠実であったことが認められ、これが形式的な態度に終始する不誠実なものであったということはできない。
7 平成元年変更の合理性についての結論
以上に見てきたところを総合して、平成元年変更の合理性について判断するに、まず、右変更により原告らの被る不利益のうち、所定勤務時間が一〇分間延長され、その分自由時間が少なくなるとともに右延長された一〇分間の勤務について時間外手当が支給されなくなる不利益は、右延長がわずか一〇分間にすぎないから僅少である。次に、指定勤務日制新設により原告らが被る不利益のうち、前記予測困難の不利益はさほど大きなものとはいえず、従前休日とされてきた日の取扱いが変わることの不利益は休日増により優に解消されている。さらに、一か月単位変形制の導入により原告らが被る不利益のうち、勤務時間の不規則性による不利益は、D、E両勤務による長時間拘束の不利益とともに判断すれば足りると解されるところ、右長時間拘束の不利益は制度内部でそれなりに緩和されており、また、予測困難の不利益はさほど大きなものとはいえないから、後記のとおり、平成元年変更により原告らが受ける時間短縮、時間単価及び時間外手当単価の引上げ並びに休日増加による原告らの利益がかなり大きなものである以上、これにより右各不利益は十分に補われているというべきである。
そして、証拠(乙七四)によれば、被告金庫においては恒常的に残業が存することが認められるので、変形制導入による時間外手当減少の不利益は制度の運用の仕方いかんによってはかなり大きくなり得ることは前認定のとおり(3(4))であるが、原告ら労働者には被告金庫に対して一定の時間外勤務、ひいては時間外手当を要求する権利はないから、これに対する原告らの期待は事実上のものにすぎない上、前認定のとおり(四2、五1、七4(六2(1)))、平成元年変更により原告らが受ける時間短縮(年間で約二〇時間から四〇時間強)、時間単価及び時間外手当の単価引上げ(約一パーセント強から2.5パーセント前後)並びに休日増加による利益(朝夕の通勤から解放され、土曜日・日曜日の連休が増加し、長時間継続した自由時間が確保される。)は、かなり大きなものと認められるから、前者の不利益は後者の利益により十分に補われているものというべきである。
また、被告金庫の組合に対する交渉経過もそれなりに誠実なものと認められるのである。
したがって、前認定のとおり(二)、土休実施に伴い休日を増加させる法律上の義務のない被告が、なお、その政策的趣旨に沿うよう休日を増やす一方で、自身の経営環境、経営規模、休日増の経営負担、将来の経営見通しなどを考慮の上、時間短縮の幅を圧縮して経費増大を抑制し、勤務時間の合理的配分を行うために就業規則を変更したことは、たとえ、被告金庫の経営状態が比較的安定しているにしても、また、休日増によりそのランニングコストが年間で二、三百万円節減されたとしても、それなりに合理的というべきである。
平成元年変更には合理性が認められる。
(結論)
以上によれば、本件就業規則の各変更は、いずれも、一方的な不利益変更であるが、変更に合理性があるから有効と解するのが相当である。したがって、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
(裁判長裁判官鈴木秀行 裁判官宮崎英一 裁判官木山暢郎)
別紙<省略>